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戦争遺品は今(5・完)「叔父の魂」帰還に涙

(2018/8/16 11:05)
戦死した叔父の遺影を手に、米国から戻ってきた寄せ書き日章旗を見詰める藤田清子さん(右)と孫の高西顕太郎さん=14日、浜松市西区
戦死した叔父の遺影を手に、米国から戻ってきた寄せ書き日章旗を見詰める藤田清子さん(右)と孫の高西顕太郎さん=14日、浜松市西区

 「奇跡が起きた」―。2月、米国の民間団体「OBONソサエティ」から、23歳で戦死した叔父の寄せ書き日章旗(出征旗)の返還を受けた藤田清子さん(75)=浜松市西区=はそう思った。物心が付いたころから床の間にある遺影でしか見たことがなかった父の弟。汚れや近所の人の名前を見つけ、「旗に魂が宿っている」と感じた。
 太平洋戦争では父も戦死し、祖母と母(ともに故人)、2歳年下の妹の一家4人は男手を失った。「母は道普請に出掛けたり、慣れない農作業で荷車を引いたりしていて大変そうだった。残された者も苦労する。戦争は本当に恐ろしい」と藤田さんは振り返る。
 出征旗が藤田さんの自宅に戻って初めて迎えた今年のお盆。強く意識したことがなかった叔父の遺影に自然と手を合わせるようになった。藤田さんは「女だけで不安だった戦後を守ってくれていたんだなと感謝しています」と涙をぬぐった。
 出征旗は米兵が「戦利品」として持ち去ったケースも多い。米国オレゴン州のレックス・ジークさん(64)と日本人の敬子さん(50)の夫婦が始めたOBONは、2009年から日本遺族会などを通じ、遺族への出征旗の返還活動を続ける。
 敬子さんは「日本人は約240万人が戦死し、うち110万人以上は遺骨も遺品も戻らなかった未帰還兵。世界のどこかで帰国を待っている日章旗の数は計り知れない」と話す。
 ただ、遺族会を通じて持ち主が分かった旗約100枚のうち、1割は「顔も見たことがない遠縁で受け取っても困る」などと遺族から受け取りを拒否されている現実もある。
 国は本年度、日本遺族会に対し、OBONの活動支援のための委託費約1200万円を初めて支出した。また、大手オークションサイトを運営するヤフーと協議した結果、同社では昨年から、出征旗や千人針などを出品する利用者に対して、遺族への返還を求める厚生労働省のホームページをネット上で案内するようにした。ただ、国の担当者はネット売買について「一律に禁じることはできない」と説明する。
 お盆休みに藤田さんの自宅に来た孫で東京工業大大学院生の高西顕太郎さん(23)=川崎市=は「当時の社会の中で出征した若者が何を考えたかを想像し、太平洋戦争を振り返りたい」と述べた。

 <メモ>「OBONソサエティ」の活動のきっかけは、敬子さんの京都の実家に2007年、ミャンマーで戦死した祖父の出征旗がカナダから届いた経験だ。米国の退役軍人や遺族から託された出征旗は千枚以上ある。敬子さんによると、欧米の歴史では、旗を戦利品として持ち帰ることは手柄とされ、名誉勲章を授けられることも多かった。旗に対する文化の違いが背景にあり、当時の米兵に出征旗が戦利品として人気があったという。

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