静岡新聞NEWS

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック

近代日本茶業の礎 多田元吉翁の顕彰会活動に幕

(2017/4/23 07:50)
多田元吉愛用の時計や砂時計などゆかりの品々について語る石川登美子さん(中央)=21日、静岡市葵区の市文化財資料館
多田元吉愛用の時計や砂時計などゆかりの品々について語る石川登美子さん(中央)=21日、静岡市葵区の市文化財資料館

 明治初期に静岡市駿河区丸子地区で近代日本茶業の礎を築いた旧幕臣、多田元吉(1829~1896年)の功績を伝えてきた「多田元吉翁顕彰会」がこのほど、会員の高齢化などを理由に解散を決めた。「今後は別の形で功績を伝える活動を次世代に継承したい」と、方向性を模索している。
 顕彰会は丸子地区の有志や、多田のひ孫で高校教師だった多田節子さん(故人)の教え子、石川登美子さん(82)=熱海市=らが1993年から準備を始め、2000年に発足。01年に顕彰碑を設立したほか、企画展やゆかりの紅茶の試飲会などを通じ、政府の命でインドや中国に渡り茶生産先進地の技術を日本に持ち帰った多田の業績を紹介してきた。
 しかし昨年、会長として顕彰会を率いてきた柴山信夫さんが亡くなり、副会長だった石川さんの夫、道司さんもことしに入って亡くなった。会員が高齢化してきたこともあり、会としての活動に一度区切りを付けた。
 節子さんから石川さんを通じて顕彰会に託された多田ゆかりの品々は現在、静岡市葵区の静岡市文化財資料館に保管されている。愛用の時計や茶わん、中国視察時に使用した双眼鏡、政府からの出張命令書、写真など43点。
 多田は徳川慶喜公をはじめ、榎本武揚、福沢諭吉ら歴史的要人と接点があったとみられている。石川さんは「多大な功績を残してきた元吉翁について、もっと知ってほしいという思いがある。顕彰会の解散は残念だが、若い世代へ何らかの形で活動を引き継いでいきたい」と話す。

 <メモ>多田元吉(ただ・もときち) 1829(文政12)~1896(明治29)年。千葉県出身の旧幕臣。徳川慶喜に付いて静岡県に移住し、静岡市駿河区丸子の拝領地で茶園を開拓した。明治政府の命でインドや中国に渡り、茶の栽培技術を学んだ。1877年に帰国し、静岡市を拠点に国内の茶栽培の技術指導に励んだ。やぶきた茶で知られる杉山彦三郎も多田の指導を受けた一人とされる。

静岡茶の記事一覧

ロード中 関連記事を取得中...

ニュースアクセスランキング

  • 読み込み中です・・・
静岡新聞データベース

SBSテレビチャンネル

YouTube
こどもみらいプロジェクト「おやこアットエス」
静岡新聞SBSスクープ投稿
静岡新聞モバイルサイト