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大量の金箔瓦、「秀吉の城」か 駿府城公園で発見

(2018/10/16 14:06)
駿府城天守台跡で見つかった金箔瓦=16日午後、静岡市葵区の駿府城公園
駿府城天守台跡で見つかった金箔瓦=16日午後、静岡市葵区の駿府城公園
豊臣秀吉の命令で築城したとみられる天守台の石垣=16日午後、静岡市葵区の駿府城公園
豊臣秀吉の命令で築城したとみられる天守台の石垣=16日午後、静岡市葵区の駿府城公園

 静岡市は16日、同市葵区の駿府城公園内の駿府城天守台跡から、豊臣期に作られたとみられる大量の金箔(きんぱく)瓦と、徳川家康が建てた駿府城とは異なる形状の石垣が見つかったと発表した。専門家は「豊臣秀吉の家臣が秀吉の支援を受けて築いた城であったことは間違いない」としていて、家康の居城として名高い駿府城に天下人2人が関わっていたことが明らかになった。
 田辺信宏市長が同日の定例記者会見で、駿府城発掘調査の中間結果として発表した。市によると、「秀吉の城」に使われていたとされる金箔が施された瓦約330点と、南北約37メートル、東西約33メートルの天守台が見つかった。天守台の石垣は徳川家康が建てた駿府城とは異なる形状で、自然石を積む野面積みだった。
 専門家による現地調査と検証の結果、見つかった城跡は秀吉が、家臣・中村一氏が城主だった1590~1601(天正18~慶長6)年の間に築かせたものと特定された。これまでも駿府の地に秀吉の城があったとされていたが、詳細は不明だった。
 今回の調査で、家康による1585~1588(天正13~16)年の駿府城築城と、1607~1610(慶長12~15)年の駿府城大改修の間に、駿府城の地に秀吉が城を建てさせていたことが裏付けられたとしている。
 田辺市長は「世紀の大発見。駿府の地が歴史上戦略的にどれだけ重要であったかを思い知った」と述べた。

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