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文筆家小泉一雄の手紙、都内で発見 第五福竜丸遺族あて心情

(2018/9/23 08:40)
小泉一雄が久保山愛吉さんの遺族に送った手紙=19日、東京都江東区の都立第五福竜丸展示館
小泉一雄が久保山愛吉さんの遺族に送った手紙=19日、東京都江東区の都立第五福竜丸展示館

 焼津を愛した明治の文豪小泉八雲の長男で文筆家の小泉一雄(1893~1965年)の手紙が、東京都立第五福竜丸展示館(江東区)で見つかった。焼津港所属の第五福竜丸の元無線長、久保山愛吉さんの遺族に送ったお悔やみの手紙で、久保山さんの死から3日後の1954年9月26日に書いたとみられる。焼津市の小泉八雲顕彰会は「焼津ゆかりの作家八雲と第五福竜丸という歴史をつなげる貴重な史料だ」としている。
 久保山さんは54年3月、太平洋・ビキニ環礁で米国が行った水爆実験で被ばくし、半年後の9月23日に死亡した。手紙は便箋2枚に筆書きで記され、「故久保山愛吉御遺族様」の宛名と一雄の署名がある。日付は「九月二六日」となっていて、書面は「水爆実験の犠牲となるとの見出しを新聞紙上にて拝見 実に哀悼の念に堪えません」とつづった。水爆実験には「前代未聞の惨虐」「憤激に堪えません」と怒りをあらわにしている。
 父とたびたび訪れた焼津については「亡父八雲が生前最も愛した純朴の地」と記述した。久保山さんとは面識がなかったとみられ、手紙は八雲の焼津滞在の際に宿を提供した魚屋山口乙吉に託した。久保山さんへの香典を乙吉宛てに現金書留で送った封筒も見つかった。
 同展示館の市田真理学芸員は「愛着のある焼津での悲劇に、手紙を送らずにはいられなかったのでは」とみる。
 手紙を確認した顕彰会の坪井れい子副会長は「一雄のほかの書簡と筆跡が酷似している。本人の直筆とみて間違いない」と話す。小泉家の関係者から以前、「54年9月、八雲の五十回忌法要のため島根県松江市に滞在していた一雄は、久保山さんの死を知り、手紙を書いた」とのエピソードを聞いていたとし、「焼津でその手紙を探していた。展示館で見つかったとは」と驚いた。

 ■都内展示館で発見 所蔵3000通の中に
 東京都立第五福竜丸展示館は、全国から久保山愛吉さんに寄せられた励ましの手紙やお悔やみ状など約3千通を所蔵している。小泉一雄の手紙もこの中に含まれていた。
 所蔵の手紙は1976年の展示館開館に合わせ、久保山さんの遺族から寄贈された。送り主の地域別などで分類して保管しているが、数が多いため詳細な文面までは把握できておらず、一雄の手紙は約40年にわたって眠っていた。
 市田真理学芸員が論文執筆のために手紙を読み直す作業を進める中で、昨年秋に1通の手紙に一雄の名前が記されていることに気付いた。2枚の便箋は台紙に貼られた状態で残され、遺族が手紙を大事に扱っていたことがうかがえる。
 同館は今後も手紙を丁寧に保管し、小泉八雲に関連する団体や施設から依頼があれば、貸し出しにも応じる方針。

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