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後藤庄三郎光次の功績伝える 銅像建立、20日除幕式 静岡

(2018/7/1 07:48)
後藤庄三郎光次と安西寺の関係を説明する吉田空玄住職=静岡市葵区
後藤庄三郎光次と安西寺の関係を説明する吉田空玄住職=静岡市葵区
光次の銅像の原型を制作する堤直美さん=長泉町
光次の銅像の原型を制作する堤直美さん=長泉町

 徳川家康に仕え、幕府の金銀改役(きんぎんあらためやく)として貨幣制度構築に貢献した後藤庄三郎光次(1571~1625年)とゆかりの深い静岡市葵区の安西寺の吉田空玄住職(68)が、光次の偉業をたたえる銅像の建立を進めている。吉田住職は「日本の貨幣制度、金融政策を支えた功績を、多くの人に知ってほしい」と思いを語る。
 日本銀行金融研究所博物館などによると、光次は、室町時代から続く京都の彫金師後藤宗家の5代目徳乗(1550~1631年)の弟子。天下統一後、全国統一の貨幣制度を作ろうとした家康の要請で、徳乗の名代として1601年に慶長小判を製造。金座(小判座)の責任者として小判の量産化の基盤を築き、安定供給体制を整えた。現在は日本銀行静岡支店がある、同市葵区金座町の駿河小判座も管理した。駿府城下に居を構え、財政や外交でも家康を支えたという。
 吉田住職によると、安西寺に残る資料に、賤機山の麓の景色が京都の円山に似ていたため、家康が光次に円山を模した街をつくるようを命じたと記されている。光次は、円山から僧侶を招き、賤機山の麓に安西寺の末寺福田寺を建設した。安西寺はのちに福田寺と合併し、現在の場所に移った。
 銅像は安西寺境内に設置し、20日に除幕式を開く。制作は長泉町の彫刻家堤直美さん(68)に依頼した。光次に関する研究は少なく、肖像画は残っていない。これまで数々の歴史上人物の銅像を作った堤さんは、書籍など限られた資料から「光次は勤勉で実直だったことが分かった」と話し、「(金銀改役)の役目への責任感が強く威厳のある人物像を具現化した」と振り返った。

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