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今川、徳川の新発見に期待 臨済寺古文書5000点調査 静岡

(2018/5/15 07:32)
臨済寺の古文書を調査する静岡大の学生や教員ら=14日午前、静岡市葵区
臨済寺の古文書を調査する静岡大の学生や教員ら=14日午前、静岡市葵区

 静岡市と静岡大は14日、今川義元公生誕500年記念事業の一環として、今川家の菩提(ぼだい)寺で、幼少期の徳川家康が勉学に励んだとされる臨済寺(同市葵区大岩町)が所蔵する古文書調査を始めた。3年間かけて近世~近代を中心にした約5千点を整理する。江戸時代以降の臨済寺の文書を詳細に調査するのは初めてで、市の担当者は「今川や徳川に関する新発見があるかもしれない」と期待している。
 調査対象は江戸時代の近世文書約2900点、明治以降の近代文書約1400点、時代不明を含む文書以外の資料約200点など。当時の宗教行事や法令、寺領支配などに関する記載があるとみられる。
 近世史が専門の本多隆成静岡大名誉教授をリーダーに、同大人文社会科学部日本史学研究室の学生と市職員の計約15人が解読を進める。年代や項目、内容の要約などをまとめた目録を作成して、文化財の保存顕彰につなげる。
 市によると、約20年前に、県史編さんを目的として同寺の古文書約500点を整理したが、市が主体となって大規模調査を実施するのは初めて。市は2021年に開館する歴史文化施設のテーマの一つを「今川氏」と設定していて、今回の調査成果を展示に活用する考えだ。
 今川氏は戦国大名としては中世に滅亡するが、旗本として江戸時代も存続した。市歴史文化課の岩田智穂課長は「今川氏の資料の多くは世に出ているが、新資料が紛れている可能性はある。江戸時代以降の寺と徳川家との関わりなど、知られていない事実が分かればうれしい」と話した。

 <メモ>臨済寺 享禄年間(1528~1532年)に善得院として建立され、今川義元が臨済寺と寺号を改めた。義元の死後、戦乱によって二度焼失したが、1582年から徳川家康が再建を進めた。今川家歴代当主の位牌(いはい)や墓所がある。現在は修行寺のため、年2回の一般公開以外は拝観できない。

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