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浜松城跡で石塁発見 実物確認は初、戦国末期築造か

(2018/2/7 08:08)
天守曲輪の地中から見つかった石塁の石垣=6日午後、浜松市中区の浜松城跡
天守曲輪の地中から見つかった石塁の石垣=6日午後、浜松市中区の浜松城跡

 浜松市は6日、浜松城跡(中区)の天守台南側の「天守曲輪(くるわ)」で行っている発掘調査で、戦国時代末期に造られたとみられる石塁が見つかったと発表した。徳川家康が江戸に移った後の1590年に城主になった堀尾吉晴の時代に築かれた可能性があると説明した。
 天守曲輪は城の中枢部分。市文化財課によると、石塁は江戸時代の絵図に描かれていたが、実物が確認されたのは初めて。今回、曲輪内の6カ所を試掘したところ、地下約2・5メートルに石塁の内側を支える自然の石を積んだ野面積(のづらづみ)の石垣が見つかった。
 築造当時の石塁は、天守曲輪から見て高さ3・2メートル、角度71度、厚さ7・2メートルの強固な造りだったとみられる。唐草文様などをあしらった瓦の一部も出土し、石塁の上に設けられた土塀か櫓(やぐら)に使われていた可能性があるという。
 徳川家康が武田信玄の侵攻に備えて整備した当時の浜松城は、土造りの城だった。石垣や天守がある城に改修したのは豊臣秀吉家臣の堀尾吉晴とされる。同課の鈴木一有埋蔵文化財グループ長は「石塁は城の防衛機能を高めるだけでなく、豊臣家の威厳を周囲に見せつけ、(江戸に移った)家康ににらみをきかせる意味もあったのでは」と推測する。
 市は発掘結果を参考に、天守曲輪の土塀復元を検討している。10日午前10時と午後1時半には調査成果や出土品を解説する現地説明会を開く。事前の申し込みは不要。
 問い合わせは市地域遺産センター<電053(542)3660>へ。

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