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井上靖、映画脚本に関わり 東京のNPO、雑誌から発見

(2018/2/2 07:01)
井上靖が関わったことが判明した「白銀の王座」の脚本(右)と、発言が記載されていた「映画の友」
井上靖が関わったことが判明した「白銀の王座」の脚本(右)と、発言が記載されていた「映画の友」
発見の経緯を語る古き良き文化を継承する会の根本隆一郎代表理事(右)=1日午後、東京都中央区の東京国立近代美術館フィルムセンター
発見の経緯を語る古き良き文化を継承する会の根本隆一郎代表理事(右)=1日午後、東京都中央区の東京国立近代美術館フィルムセンター

 井上靖文学館(静岡県長泉町)と東京国立近代美術館フィルムセンター(東京都中央区)は1日、文豪井上靖(1907~91年)が京大在学中、日本映画の巨匠内田吐夢(1898~1970年)の監督映画「白銀の王座」(35年公開)の脚本に関与していたと発表した。同センターで記者会見を開いた。井上が脚本に関わった映画作品が初めて特定された。
 東京都中野区のNPO法人古き良き文化を継承する会の根本隆一郎代表理事が、雑誌「映画の友」の59年12月号に、井上の発言を発見したことが発端だった。井上は俳優有馬稲子さんとの対談で、作品名を挙げ「内田さんと一緒にシナリオを書いた」と、脚本の存在を認めていた。
 根本代表からの問い合わせを受けた同センターは、所蔵する約4万4千本の映画脚本の中に、作品の主演を務めた小杉勇が使った同作品の脚本を発見。約1年前から井上靖文学館も交えて本人や家族の発言を精査し、井上の関わりを裏付けた。井上は34年から36年にかけて新興キネマ太秦撮影所に勤務していたが、根本代表は「映画化された脚本はないと考えられていた」と発見の意義を強調した。
 根本代表によると、脚本は前後半でタッチが異なるという。同文学館の徳山加陽学芸員は「後半の句点の打ち方、表記の特徴や文体は、同時期の井上の日記などと似た点がある」と話した。同センターの岡田秀則主任研究員は前半を内田監督、後半を井上が書いた可能性を指摘した。
 井上は自著で、自身が関わった映画作品の存在を否定している。今回は井上文学の研究者にとって“盲点”ともいえる映画雑誌から、劇場作品への関与が明らかになった。徳山学芸員は「映画脚本が後の作品にどう影響を与えていたかは、新たな研究課題になる」と語った。

 <メモ>白銀の王座 1935年4月公開。監督は「飢餓海峡」「土」などで知られる内田吐夢。雪山を訪れた男女を主人公に、自然と文明の対立を描く。せりふは字幕で効果音や音楽だけを劇場で流す「サウンド版」の作品。フィルムは現存しない。

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