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| 知る人ぞ知る事実 修善寺との町境にある中伊豆町のシンボル看板を中伊豆側から見ると、そこには「巨峰のふる里」の大きな文字。ブドウの王様『巨峰』が、実はこの中伊豆町で生まれたことをご存知だろうか。 巨峰の生みの親、理農学者の大井上康氏は、農作物には、生育段階に応じた種類や量の栄養を与えなければならないと説いた『栄養周期学説』の提唱者。学説を自ら実践すべく大正8年に研究所を構えたのが中伊豆町上白岩だった。 岡山産の「石原早生」とオーストラリア産の「センテニアル」という品種の交配に成功し、大粒で糖度の高いブドウが完成したのが昭和18年頃。20年には、富士山の見える伊豆で生まれた大粒のブドウという意味で、『巨峰』と名付けられた。 しかし現在、中伊豆町で巨峰を生産する農家はたった1軒。巨峰を手がけて45年の牧野種夫さんだけなのだ。「若い頃は、何度も大井上先生のところに足を運び、相談したものだ。5月下旬の花の時期に気温が安定しないし、年間2000ミリ以上の多雨も巨峰栽培にはよくないね」。適地とはいえない中伊豆で、大井上氏の直接指導を基に、牧野さんは工夫を重ね、大事な果樹を育てている。 |
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全国からラブコール 「20軒以上が一緒に栽培を始めたが、栽培の難しさに加え、販路につまずいた人が多かった。その頃の主力品種オンタリオが1キロ40円だったのに対し巨峰は180円。初任給1万円以下の時代には、たいした贅沢品だったからね」、と牧野さん。 次々と生産を断念する農家が出る中、牧野さんは伊豆の地域性を活かし、販売網を広げた。修善寺、伊豆長岡などの旅館で、食後のデザートに巨峰を使ってもらい、宿泊客にお土産として買ってもらえるよう頼んでまわったのだ。夜、旅館から注文を受けて、朝一番で収穫、採れたてをお客の出発時間までに届けた。巨峰を気に入った芸者さんたちが、お座敷のお客から注文をとってくれたこともあったという。 こうして、かつては65アールに及んだブドウ畑だが、今は夫婦二人で作れるだけにと10アールに縮小。しかし、伊豆の観光との結びつきでファンを増やした牧野さんの巨峰には、毎年、全国のお得意さんから注文が入る。 「お宅のじゃなくちゃ食べた気がしないって。8月も半ばを過ぎれば、まだかまだかと催促の電話ですよ」、牧野さんは目を細める。地元よりむしろ全国で有名な中伊豆の巨峰。待ち望む声が続く限りは、“ふる里”の名を消すわけにはいかない。 |
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