静岡県の養鰻業は、明治24年(1891年)、新居町から始まった。その後浜名湖周辺から吉田・榛原地区にかけて爆発的に広がり、昭和35年(1960年)から57年(1982年)までは鰻養殖生産量日本一を誇っていた(現在は1位愛知、2位鹿児島、3位宮崎に続き、4位)。なぜ静岡は鰻の産地となったのか。うなぎ養殖業者組合の中央組織である「日本養鰻漁業協同組合連合会」(静岡市駿河区稲川)の参事・若林稔さんに話を伺った。「浜名湖周辺から駿河湾沿岸で、鰻の稚魚である天然のシラスウナギが採れたこと。そして養鰻にかかせない水とエサが豊富にあり、気候が温暖で養鰻に適していた。また静岡県は東京と大阪の中間地にあり、流通の便がよいことも影響したのでは」と話す。浜名湖周辺は天竜川水系、吉田・榛原地区は大井川水系の伏流水に恵まれ、豊富な水量を確保することができた。エサに関しては、焼津港など港が点在し、魚介類の加工も盛んに行われたことから、そこで出た大量の魚のアラが鰻のエサとして用いられるなど好条件に恵まれたことが「うなぎの名産地 静岡」の基盤となった。 |