| ■裁判について――――― |
| Q:裁判の映画で、難しい言葉などをわかりやすく伝えるには、いろいろ注意をされたと思いますが? |
はい、しました。(笑)
アメリカの法廷ミステリーって、よくできたものって多いじゃないですか。アメリカのそういうものって陪審員制を舞台にしてるんですよ。
陪審員って一般の人でしょ、裁判自体が、一般の人にわかる言葉で進行してるんですよ。節目、節目で裁判官もキチンと説明する、それは、言葉の意味だけじゃなくて、その証拠をどう扱ったらいいのか、どう考えたらいいのかってことも含めて、裁判官が説明するんですよ。弁護士も検察官も、陪審員を説得しなければいけないから、陪審員にわかる言葉で、語りかけるんですよ。
ということはですよ、陪審員と同じ立場にいる、映画の観客は映画を観ながら、裁判官から、弁護士から、検察官からその事件についての説明を受けてるんですよ。そのまま裁判を撮れば、日本の裁判は言葉の解説がいるんだけど、アメリカ映画はいらないんですよ。ドラマが作りやすいでしょ、それは。
ただ僕の場合、今回は、そういう難しい言葉が飛び交う法廷に対する疑問もあったから、それを丸ごと見せるつもりっていうのもあったので、伝えるべきところと、そのままほっておくところで、分かりにくさも伝えたいことだったので、そういうのは残しました。
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| Q:そういう法廷のシーンは、すごく緊張の連続で、結構観ている方も緊張したのですが、実際の法廷もそうなんですか?
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無罪を争う事件は、ものすごく緊張感が高いです。でも、ほとんど認めている事件ばっかりなんですよ、多くの裁判は。弁護士だって、否認事件なんてあんまりやってないんですよ。刑事弁護を、それも否認事件を一生懸命やってる人でないと、どう弁護していいのかわからない。刑事弁護をよくやってるといっても、ほとんどが情状弁護っていう、「被告人はこんなに反省しております。悔いて、二度と犯罪を犯さないと言っています。それにつきましては、親族の方もこれから立ち直るためにも、このように努力するって言ってます」って親族を証人に呼んで、お母さんに語らせたり、会社の上司を呼んできて「彼は真面目です」って言わせたり、要するになんとか罪を軽くしてもらおうっていうのが、刑事弁護の基本なんですよ、情状弁護がね。被告人の情状を理解していただいて、反省し、やり直すって言ってるから、執行猶予つけてね。5年を3年にしてね。っていう弁護なんですよ。だから、真っ向から無罪を争う事件っていうのは、緊張感は高いです。
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Q:裁判は何度か見にいかれたんですか?
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| 20件くらいの無罪を争う裁判を、200回以上傍聴しました。 |
| Q:スゴイですね〜。 |
だから、判決で3つ無罪判決を聴いてるんですけど、震えますよ、ほんとに。「被告人は無罪」って言った時に、その法廷の空気って、別に僕の肉親でもなんでもなくて、取材でずっと傍聴を続けてきただけですけど、一瞬にして弾けますよ。――裁判官も「無罪」って言うのには勇気がいると思いますけどね。この間、元裁判官の方にお話を聞いたら、それはなんとも言えない喜びなんですって。それを喜びって感じない裁判官もいるらしいんで、困るんですけど――その方がいうには「被告人は無罪」って言う時の喜びっていうのは、刑事裁判をやっていて、このために自分が裁判をしてきたんだなって思えるような特別のものだそうです。ホント無罪の発見なんですよ。ほんとはね、確実な有罪の証拠っていうものを見極めて、有罪の確証を持った時に有罪なんですけど、今の裁判は無罪って確証を持った時に無罪なんですよ。だから「疑わしきは被告人の利益に」じゃないんですよ。だから「有罪」が当たり前の中で「無罪」って言った時の裁判官の気持ちとか、それを聴いた法廷の被告人や傍聴人、被告人の関係者の感情が、法廷の中にあふれて、大げさかもしれないけど、魂が震えるってこういうことなんだろうってくらい、無罪判決は感動的ですね。だからすごく緊張感はありますね、公判中の法廷は。
そのかわり、認めてる事件は、呆れかえるほど、ズルズルズルって感じで、ま、よっぽどの凶悪事件で、世間が注目していれば、裁判官も、検事も、弁護士も違いますけれど、普通のね、ごくありふれた事件の「またやったの、キミ〜」みたいな法廷はイヤになりますよ。裁判官だって嫌になると思う、「またコイツに説教するのか」って感じですもん。だから無罪を争う事件は、法廷の空気が全く違います。だだ、無罪を争う法廷は、ホントに厳しいです、被告人の一生がかかってますからね…。
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Q:撮影中もそういう緊張感があっての撮影だったのですか?
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(うなずいて) だから加瀬君なんかは、またあの洞窟に入るのかって、法廷のセットを彼は洞窟と言っていました。(笑)。
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