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それでもボクはやってない

日本から世界へ羽ばたいた、あの「Shall we ダンス?」から11年…
全世界注目の周防正行監督最新作のテーマは「裁判」。

「ファンシイダンス」(89)→“仏門修行”
「シコふんじゃった。」(92)→“学生相撲”
「Shall we ダンス?」(96)→“ボールルームダンス”
これまで意外な切り口のエンタテインメント作品を発表してきた周防正行監督が11年ぶりの映画に選んだテーマは、“裁判”。
司法改革の一環として、裁判員制度の導入が決まり(09年実施)、社会的にも裁判への関心が高まってきています。

しかし本当の裁判がどのようなものなのか、あなたはご存知ですか?
そして現在、深刻な社会問題となっている“痴漢冤罪事件”。
この映画では、痴漢に間違えられたひとりの青年の裁判を通して、日本の刑事裁判制度の問題点をも明らかにしていきます。
通勤電車で痴漢に間違えられた青年の裁判を描く「それでもボクはやってない」

あなたの知らない“ニッポンの刑事裁判”の現実が明らかになります。

この待望の新作について、周防監督にお話をうかがいました。

(C)2006-2007 フジテレビジョン アルタミラピクチャーズ 東宝
 
 
■有罪か無罪かではなく―――
Q:裁判の難しい用語とか、裁判についていろんなことが盛りこめられてると思ったのですが…
この映画って真犯人が誰かもわからないし、ホントは被告人かもしれないし、他の誰かかもしれないし、有罪か無罪かっていうのもよくわからないですよね。でも、僕らは裁判の話になると有罪、無罪の「結果が全て」になる。本当は裁判所がどういうふうに有罪って決めたのか、どう無罪って決めたのか理解しないと、裁判が機能しているかどうかわからないでしょ。決め方にこそ問題があるんで、そういう意味で、この映画は、真犯人が誰なのかっていう法廷物ではではないんです。法廷そのものが問題だっていうのがテーマなんで、僕にとっては、誰が犯人でもよかったんです。「誰が犯人かとりあえず裁判所が決めるんだ」っていう。そうでしかありえないんです。少なくとも、被告人が犯人かどうかは被告人本人にしかわからない…。

Q:映画化に、3年間かけて取り組まれて、一番疑問に思った点はなんですか?
裁判制度ですよ。何でこういうシステムが、何の疑問もなく残っているのか、なぜ日本の裁判所は、立派に違いないとみんなが思い込んでいるのか、それがやっぱり不思議でしたね。
今日も住基ネットの訴訟で、住民が今度は敗訴になっていましたけれど、でも、当然、裁判官って独立した存在だから、ほんとはどっちの判断も出ていいんですけど、一般の感情としては、裁判所が統一した見解を示してくれってなりますよね。最高裁であっても、議論を尽くすっていうんですかね、そういうことが重要なので、やっぱり、僕らはあまりにも結果に対して、なんの検証もせずに、裁判所はもともと立派なところだって思いで、その結果だけをみて、一喜一憂してるわけですよね。だからこそ、裁判制度が変わってこなかった。だって、これだけ官僚システムがいろんなところで批判されているのに、裁判所だけはその批判を逃れているっていうのは、どう考えてもおかしいですよね。裁判所だって官僚システムです。変わらなければならない。
裁判員制度というものが、どういう成果を生むかわかりませんが、成功させたいですね。

Q:そういうお考えは、題材にされたあの痴漢の事件を知ってからですか?
そうです。ようするにその事件を知ってからというよりも、その事件を知って裁判制度の勉強をし始めて、「なんだよ…」っていう裏切られた気持ちですよね。
裁判って確かに公開が原則で、公開はされてるんですよ。でも傍聴してみればわかると思うんですけれど、なにやってるかわからない…で、まるで裁判って結果が出るのが遅いからダメみたいなこと言われてるじゃないですか。とんでもないですよ。無罪を争う事件は、もっと慎重に時間をかけてやるべきだと思うんです。それを裁判の迅速化のもとに、弁護人の証拠申請をバンバン却下して、早く終わらせることばかり考えてるんです。だけど僕らは、何も知らないから、「裁判は遅いぞ」って、2年3年って聞けば「遅せーぞ、まだあの殺人事件裁判やってんのかよ」ってみんなは言うけれど、実はすごい危険をはらんでいて、もし、あなたが、何かのあらぬ嫌疑で逮捕されるようなことがあって、裁判になった時に、裁判の迅速化のために、簡単に調書だけで有罪って言われていいですか?裁判の迅速化っていうのは、不必要なことに、やたらに時間を費やすことは、たしかに税金の無駄使いだし、人間の労力の無駄ですけど、ほんとに一人の人の人生を左右するんだから、議論を尽くすべきですよね。一概に裁判が遅い、裁判は迅速化すべきだなんて言ってると、最悪の改革になってしまう。






 
 
 

■キャストについて――――
Q:あの主人公を26歳のフリーターに設定されたのは、周防さんですか?
はい、そうです。
Q:痴漢をするっていうと、もう少し年上のおじさんっていうイメージが…
たしかにそうです。実際に痴漢冤罪のことを強く訴えるとしたら、サラリーマンの方がいいです。そのほうが人質司法といわれる問題も、より強く伝えられるでしょう、もっと辛いですから。だって家族がいて、会社に行ってるわけですよね。それをやってないと否認するだけで、ほぼ無条件で、23日間勾留されてしまう。裁判になれば、それから先もまだ勾留は続くわけで、そういう中で、ほんとにやってないからといって否認を貫けるのかっていう。人質司法の異常さっていうのは、サラリーマンの方が絶対に伝わると思いますよ。
ただ、そうすると映画の中で、家族のドラマをキチンと描かないと、薄っぺらな主人公になっちゃうんですよ。 奥さんはどうしたの? 子供たちはどうするんだ? 会社はどうする?っていう、裁判以外に描かなければいけない世界がたくさん出てくる。それを無視して裁判に突き進んでもお客さんは、奥さんのことが気になり、子供のことが気になり、仕事のことが気になるんですよ。で、家族を描けば、やっぱり映画は、家族のドラマになっちゃうんですよ。
僕は裁判を主役にしたかったんです。で、裁判を主役に描くには、被告人は、なんのしがらみもない人、守るべきものが少ない人、彼が否認しても身内が困らない人がよかった。会社やめるか、やめないかなんて関係ない―なにしろフリーターですから。そういう意味で裁判に集中できるように、若者を主人公にしたんです。

Q:加瀬さんのキャスティングはすぐに決まったのですか?
すぐじゃないです。最初、今回の映画にふさわしいのは中年だと思っていたわけです。で、先の理由で若者にしましたよね、だから具体的な若者のイメージが元々なかったんですよ。ただのフリーターのイメージしかないんですよね。じゃ、そのフリーターはいかにも痴漢しそうな男にするのか、パッパラパーないい加減な奴にするのか、真面目そうな奴にするのか、どうしていいのかわからなかった。
イメージがなかったので、20代の俳優さんに片っ端から会いました、有名、無名問わず…。だけど決定できないんですよ、具体的なイメージないんですもん。いつもだったら、あるイメージがあって、具体的な役者さんのイメージがなくても、こういう感じの人というイメージくらいはシナリオ書いてればあるわけですよ。今回は、いったいどういう若者がこの映画にふさわしいか、ぜんぜんわからなかった。だから決定できない…。
で、ずっと会ってて…。実は加瀬さんって30越えてるんですよ、だからキャスティングする、僕にいろんな役者さんを紹介してくれる担当の人が、30代は外してたんですよ。で、僕が20代で「うん」と言わないから、若く見える30代ってことで幅を広げてくれたわけですよ。で、加瀬さんがやっと…。ほんと早く決めないと大変ですよっていう時期にやっと現れて、で、彼を見た瞬間、「わっ、主人公が来た」って思っちゃったんです。直感です!なんか理屈があってね、こうこうこうだから彼だとかじゃなくて、入ってきた感じで、あ、彼だって思って。逆に彼に合わせてシナリオを一回検討してみようって、だからセリフもちょっといじりました。もうちょっといい加減なちゃらんぽらんな感じだったんですけど、加瀬君の風情に合わせて、ガチガチな真面目ではないんだけど、そこそこに内省的な青年であろうという感じにしました。


Q:そのほかのキャスティングに関しては、お馴染みの顔ぶれの方もいらっしゃるし…
お馴染みの顔ぶれの人たちは、シナリオ段階から勝手に頭の中で動き始めるんで、決められるんですけど、初めての人たちは、全員会って決めた人たちです。ただ、山本耕史さんとか、もたいまさこさんは会わずとも、いろいろと作品的にも観ていたんで、加瀬君が決まった時点で――主人公が決まらないと、どんなお母さんなのか、どんな友達なのかって、顔が見えないじゃないですか――だから加瀬君が決まった後に、もたいさんと山本君を決めました。










 
 
■裁判について―――――
Q:裁判の映画で、難しい言葉などをわかりやすく伝えるには、いろいろ注意をされたと思いますが?
はい、しました。(笑)
アメリカの法廷ミステリーって、よくできたものって多いじゃないですか。アメリカのそういうものって陪審員制を舞台にしてるんですよ。 陪審員って一般の人でしょ、裁判自体が、一般の人にわかる言葉で進行してるんですよ。節目、節目で裁判官もキチンと説明する、それは、言葉の意味だけじゃなくて、その証拠をどう扱ったらいいのか、どう考えたらいいのかってことも含めて、裁判官が説明するんですよ。弁護士も検察官も、陪審員を説得しなければいけないから、陪審員にわかる言葉で、語りかけるんですよ。
ということはですよ、陪審員と同じ立場にいる、映画の観客は映画を観ながら、裁判官から、弁護士から、検察官からその事件についての説明を受けてるんですよ。そのまま裁判を撮れば、日本の裁判は言葉の解説がいるんだけど、アメリカ映画はいらないんですよ。ドラマが作りやすいでしょ、それは。
ただ僕の場合、今回は、そういう難しい言葉が飛び交う法廷に対する疑問もあったから、それを丸ごと見せるつもりっていうのもあったので、伝えるべきところと、そのままほっておくところで、分かりにくさも伝えたいことだったので、そういうのは残しました。

Q:そういう法廷のシーンは、すごく緊張の連続で、結構観ている方も緊張したのですが、実際の法廷もそうなんですか?
無罪を争う事件は、ものすごく緊張感が高いです。でも、ほとんど認めている事件ばっかりなんですよ、多くの裁判は。弁護士だって、否認事件なんてあんまりやってないんですよ。刑事弁護を、それも否認事件を一生懸命やってる人でないと、どう弁護していいのかわからない。刑事弁護をよくやってるといっても、ほとんどが情状弁護っていう、「被告人はこんなに反省しております。悔いて、二度と犯罪を犯さないと言っています。それにつきましては、親族の方もこれから立ち直るためにも、このように努力するって言ってます」って親族を証人に呼んで、お母さんに語らせたり、会社の上司を呼んできて「彼は真面目です」って言わせたり、要するになんとか罪を軽くしてもらおうっていうのが、刑事弁護の基本なんですよ、情状弁護がね。被告人の情状を理解していただいて、反省し、やり直すって言ってるから、執行猶予つけてね。5年を3年にしてね。っていう弁護なんですよ。だから、真っ向から無罪を争う事件っていうのは、緊張感は高いです。

Q:裁判は何度か見にいかれたんですか?
20件くらいの無罪を争う裁判を、200回以上傍聴しました。
Q:スゴイですね〜。
だから、判決で3つ無罪判決を聴いてるんですけど、震えますよ、ほんとに。「被告人は無罪」って言った時に、その法廷の空気って、別に僕の肉親でもなんでもなくて、取材でずっと傍聴を続けてきただけですけど、一瞬にして弾けますよ。――裁判官も「無罪」って言うのには勇気がいると思いますけどね。この間、元裁判官の方にお話を聞いたら、それはなんとも言えない喜びなんですって。それを喜びって感じない裁判官もいるらしいんで、困るんですけど――その方がいうには「被告人は無罪」って言う時の喜びっていうのは、刑事裁判をやっていて、このために自分が裁判をしてきたんだなって思えるような特別のものだそうです。ホント無罪の発見なんですよ。ほんとはね、確実な有罪の証拠っていうものを見極めて、有罪の確証を持った時に有罪なんですけど、今の裁判は無罪って確証を持った時に無罪なんですよ。だから「疑わしきは被告人の利益に」じゃないんですよ。だから「有罪」が当たり前の中で「無罪」って言った時の裁判官の気持ちとか、それを聴いた法廷の被告人や傍聴人、被告人の関係者の感情が、法廷の中にあふれて、大げさかもしれないけど、魂が震えるってこういうことなんだろうってくらい、無罪判決は感動的ですね。だからすごく緊張感はありますね、公判中の法廷は。
そのかわり、認めてる事件は、呆れかえるほど、ズルズルズルって感じで、ま、よっぽどの凶悪事件で、世間が注目していれば、裁判官も、検事も、弁護士も違いますけれど、普通のね、ごくありふれた事件の「またやったの、キミ〜」みたいな法廷はイヤになりますよ。裁判官だって嫌になると思う、「またコイツに説教するのか」って感じですもん。だから無罪を争う事件は、法廷の空気が全く違います。だだ、無罪を争う法廷は、ホントに厳しいです、被告人の一生がかかってますからね…。
Q:撮影中もそういう緊張感があっての撮影だったのですか?
(うなずいて) だから加瀬君なんかは、またあの洞窟に入るのかって、法廷のセットを彼は洞窟と言っていました。(笑)。


















 
 
 


■それでもボクはやってない―――――
Q:「それでもボクはやってない」というタイトルに決められたのは?
あんまりいい加減な決め方だったので、あまり言いたくないんですけど…。

Q:そうですか。
イヤイヤ、いいんですけど。
あのね、タイトルはなかなか決まらなくて、ものすごく考えてたんですよ。ちょうどその時に「セカチュー」とか、「いま会い」とか、そうか最近のヒット映画っていうのは、短縮形がハマるんだなって「それボク」っていうのはどうかなって。そういうふとどきな考えなんですが…。
ただ、主人公の呟きとしてはですね、僕、何人もの当事者の方に会ってるんで、無罪を争って最高裁まで行って、上告を棄却されてる人を何人も知ってるんですけど、「それでもやってないんですよ」っていう、そういう彼らの声を聞いてたので、まあ、そういう不純なですね、「それボク」なんて冗談のように言ってますが、それなりにこの言葉には、ある強い思いがあります!。
ただ、それが映画のタイトルとしていいかどうかはずっと迷ってたんで、なかなか決められなかったんですけど。国家がお前は犯罪者だと認定することですよね、裁判の有罪は。だけど、彼らは、本当に無実の人たちは、「やってない」と。で、その「やってない」ってことを周りの人、この映画でいえば、お母さんだったり、友達だったり、弁護士だったりがそのことを信じてあげるっていうか、そのことを信じる、これだけの人が僕のことを信じてくれてるんだっていう、それだけが支えですよね。これから生きていくうえで、国家はなんと言おうと!
「それでもボクはやってない」って言う人を、やっぱり周りの人は支えなければいけないだろうし、この被告人本人も、国家に断罪されようと、やってないんだから、そういう自分のことを信じてくれる人たちのために、やっぱりこれからも生きていかなければならないんだっていう。「国家はそう言ったかもしれないけど、僕は君のことを信じるよ」っていう、それしかないんですよね。でもそうは言っても、やってない人の、国家に「お前は犯罪者だ」って言われた傷っていうのは、そんなに簡単に癒されるものではない。それでも国家に濡れ衣で断罪された人の気持ちをですね、なんとか少しでも勇気づけられたらいいなって思って。「国のことなんか関係ないじゃないか」って。

Q:今までの映画とはガラりと変わっていますが…
確かに雰囲気は違いますよね。伝わってくるものも違うと思いますが、でも、興味の持ち方は一緒だったんですね、驚きなんですよ。日本の刑事裁判に驚いちゃったんですね。それは、やっぱり、いまだに自白が証拠の王様だったり、調書裁判って言って、目の前でしゃべっていることよりも、警察や検察でとられた調書の方が重い意味を持ったり、たとえば勾留の問題ですよね。取調べの時に否認してると、無条件で裁判所は勾留を許しちゃうんですよ。たとえば痴漢事件に限って言いますけれど、痴漢事件だったら、会社のサラリーマンが「やってない」って否認してても、それで釈放したって、彼、逃亡しないですよ。
Qそうですよね。
家族捨てて、会社捨てて逃亡するかって!それと、証拠隠滅、罪証隠滅って言うんですけど、大体隠滅できるような証拠ってほんとないんですよ。やるとしたら被害者を直接訪ねて、脅迫するとかそういうことしかないじゃないですか。でも脅迫してそのことがばれたら。
Q:マイナスですよね…。
もっと重い罪ですよ。考えにくいんですよね。これが殺人の疑いがあるなら、裁判所も躊躇しますよ。いくら保釈金積んだって、アメリカのように「ハイどうぞ」っていうわけにはいかないっていう日本人の気質もわかるけど、在宅で取り調べれば済む事件でも、勾留を続けるんです。じゃあ、警察でちゃんと取り調べるかっていうと、取り調べないで、ただ置いとくんですよ。拷問ですよ!!
必要な時に警察に呼び出して調べればいいじゃないですか。なんの不都合があるんだろうと思うことが、堂々とやられてるんですよ。で、言ってるんですよ、弁護士たちは。「人質司法」って。だけどその声は、僕たちになかなか聞こえてこないですよね。僕だって知らなかった。
だからそういう意味でですね、ほんとに取材しながらたくさんの驚きがあって、その驚きを今回は、「ね、素晴らしいでしょ」「ね、楽しいでしょ」っていう風に伝えられるものじゃなくて、「ヒドイでしょ」としか言えなかったわけですよ。だから自然とそういう映画になってしまった。僕はいつもだってコメディを作りたくって、コメディにしようと思って作ってるわけじゃないんだけど、扱う世界のことをイキイキと描く時に、やっぱり「シコふんじゃった。」にしても「Shall we ダンス?」にしても、笑いがあることで、僕のその世界に共感した気持ちが伝わると思うからそういう形にするわけで、今回の映画だと、そんなに笑いにあふれた雰囲気にするって僕にはできなかったですね。

Qホッとするシーンがなかったですね。
それについても僕は取材中に裏切られ続けたんですよ。同時進行でいろんな裁判を傍聴してますから。
えーっ!!これで有罪かーってことに何度も立ち会っているんですよ!!

Q:では最後に、映画をご覧になる方にメッセージをお願いします。
さっきも言ったんですけど、僕らは裁判の結果だけを見て、新聞の記事やテレビ・ニュースで有罪、無罪の結果だけを聞いて、「ああ、この人悪かったんだ」「この人悪くなかったんだ」って判断している。あと痴漢冤罪というものが社会問題になってはいるけれど、どうしてその人に有罪判決が出たかなんていう裁判の内容はなかなかわからない。つまり、判定する過程が見えてないんですよね。だから、この映画はそういう意味で、裁判官がどうやって事実認定をしていくかということを伝えたくて作ったので、そのシステムについてちょっと…、ま、裁判員制度も始まることですし、考えてもらえたらいいなって思います。

ありがとうございました。








 
 
【プロフィール】
周防(すお) 正行
1956年東京都生まれ。
立教大学文学部仏文科卒業。大学在学中に高橋伴明監督の助監督としてキャリアをスタート。
1984年、「変態家族 兄貴の嫁さん」で監督デビュー。 1989年、「ファンシイダンス」では修行僧たちの青春をコミカルなタッチで描き注目を集める。1992年、学生相撲を題材にした「シコふんじゃった。」がキネマ旬報誌ベストワン、日本アカデミー賞最優秀作品賞を獲得。
1996年、社交ダンスブームを巻き起こした大ヒット作「Shall We ダンス?」は、第20回日本アカデミー賞13部門を独占受賞するなど日本映画の各映画賞を総なめにした。同作は全世界で公開され、全米での日本映画興行記録を更新。2004年にはリチャード・ギア、ジェニファー・ロペス出演によるハリウッドリメイク版が製作され、世界的成功を収めるなど、映画史に多くの足跡を残す作品となった。
 
 


大好きな監督、周防監督のインタビューは、とってもまじめな方なのに、お話がとても面白くて、あっという間に終わってしまいました。お話をうかがうと、この映画が、監督の3年間にわたっての徹底した取材をもとに作られたということがよくわかりました。「それでもボクはやってない」は、日本の裁判制度の問題点に鋭く迫り、裁判の現実を見せてくれます。社会派テイストなのに、直球勝負で来た、見せる要素タップリの143分!11年ぶりの作品なんて思えません。周防監督はタダモノではありませぬ!
知らなかった裁判のあり方に、憤りすらおぼえ、衝撃を受けることは確実で、裁判員制度についても深く考えさせられる作品です。



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